昭蓮寺Day's11

井戸端会議11

 

南無妙法蓮華経

 桜の花が満開を迎えました。桜という花は、日本人の心の様な花ですが、時に桜を揶揄するように、奇麗なのは一瞬で、毛虫や葉が落ちる、日陰になる等、その負の側面を口にする人がいます。これもまた日本人の心なのでしょう。そんな日本には多くの桜の名所がありますが、ここ尾張地方にも、日本さくら名所100選に選ばれた「五条川の桜」があります。大口町、江南市、岩倉市と三市に股がる全長27キロ、3500本という圧巻の桜並木です。この桜並木を植えた人、社本鋭郎氏は当時、無報酬で大口町町長を勤めた人でもありました。今では見事な桜並木も、戦後間もない頃、人々の心にも桜を楽しむ様な余裕はなかったのでしょうか、植えるにあたり、様々な理由で多くの反対の声がありました。そんな中氏は自費で苗木を買い、一本一本植えていきました。やがて、その活動が人々の理解を得て広がり、今の桜並木が生まれました。その美しさもさることながら今では、その桜を見に多くの人が集まり、社会的共通資本として、多くの人々に還元されています。晩年、社本鋭郎氏はなぜこの桜を植えたのか訊ねられ、「川への恩返しです。」と答えたそうです。

その桜も早々と花びらの舞う季節となり、五条川の水面を桜色に染めております。

此の様に季節の移り変わりも早いものですが、時代の変化もまた、早いものです。皆様もご存知の通り、先日は、テレビ番組「笑っていいとも」が三十二年間、通算八〇五四回の放送に幕を下ろしました。

この記録は、単独の司会者による生放送の長寿記録として、ギネスブックの世界記録に認定され、その夜に放送されたグランドフィナーレでは、この番組のレギュラーを経て、育って行った今の芸能界を引っ張る大御所芸人たちが一同に集結し、その最後を惜しむ姿が見られました。

日頃は、ゆっくりバラエティー番組を見ることのない私ですが、その夜ばかりは、自分とは別世界の世相と、その変遷とを見るような思いで観覧しました。その番組の最後に、タモリこと森田一義氏が残した言葉が私にはとても印象的でした。

 「こんなに集まっていただいてありがとうございます。出演者、スタッフのおかげで三十二年間無事にやることができまして。まだ感慨というのはないんですよね。ちょっとほっとしただけで。来週の火曜日くらいからくるんじゃないかと思います。明日もアルタに行かなきゃなりません。楽屋の整理がありますんで。私物が一杯置いてありますんで。

 考えてみれば気持ちの悪い男でして。こういう番組で以前の私の姿を見るのが大嫌いなんですよね。なんか気持ちが悪い。濡れたしめじみたいな。嫌~な、ぬめえとした感じで本当に嫌でして。私、いまだに自分の番組を見ません。

 また、それで性格が当時ひねくれておりまして。不遜で。生意気で。世の中なめくさってたんですね。そのくせ何もやったことがないんですけど。それがどうしたわけか、初代の亡くなられました横澤(彪・たけし)プロデューサーから仰せつかりまして、だいたい3か月か半年で終わるんじゃないかと思っていたところが、この32年になりました。

 まあ生意気なことでやってたんですけど、長い間に視聴者の皆様がいろんなシチュエーション、いろんな状況、いろんな思いでずっと見てきていただいたのが、こっちに伝わりまして私も変わりまして、なんとなくタレントとして形を成したということなんです。視聴者の皆様方からたくさんの価値をつけていただき、またこのみすぼらしい身に、たくさんの綺麗な衣装を着せていただきました。そして今日ここで直接お礼をいう機会がありましたことを感謝したいと思います。三十二年間本当にありがとうございました。お世話になりました。」

タモリさんはコメントの後、「また明日も見てくれるかな」といつものコメントを発し、集まった新旧出演者の「いいとも!」の掛け声に包まれる中、最後の“いいとも"を終えました。(livedoorNEWSより)

オリンピックなどのメダリストにも見られる様に、人は、何かを成し遂げた時の言葉にこそ、その誠の姿を垣間みる事が出来るもののようです。タモリさんの残したその言葉は、我仏道を求めるものにとっても、おおいに学ぶべきそれであり、なおかつ、その謙虚な態度には、改めてその人格の高さに頭が下がりました。

特に、「 視聴者の皆様方からたくさんの価値をつけていただき、またこのみすぼらしい身に、たくさんの綺麗な衣装を着せていただきました。」との言葉には深い感動を覚えました。テレビの世界は華やかな姿と裏腹に、そこには視聴者からの想いが言葉ではなく、視聴率という数字でダイレクトにその評価となって現れるという厳しさが横たわっています。そこはボタン一つで消されてしまう無情な世界でもあるのです。そんな中「みすぼらしい身に・・・」と表現された事は、大袈裟な表現のようですが、芸能界という厳しい世界でビートたけし、明石家さんまに並ぶ「ビック3」と言われるまでの芸人になりながら、驕る(おごる)事なく、大衆への娯楽提供という仕事に意味を感じ、みたすら、にまじめに淡々と芸を磨いてこられた人なればこその輝きがありました。

 考えてみれば、お坊様というお仕事も、似た様な所があるかもしれません。時には、面白い話で笑わせてみたり、どんなに辛く悲しい出来事があっても、人前では何事も無い様に振る舞ってみたり、お坊様と言うだけで、大した修行もせず怠けて、みすぼらしい心に袈裟と衣を身に纏(まと)い、それでいてあたかも聖人の様に扱われたり、仏道など決して求めずペテン師の様にしてみたり・・・

 『妙法蓮華経法師品第十』は、お釈迦様の滅後この法華経を弘める者の心得を次の様に説いています。

「若し善男子、善女子有って、如来の滅後に、四衆の為に 是の法華経を欲せば、如何が応に説くべき。是の善男子、善女人は、如来の室に入り、如来の衣を着、如来の座に座して、爾して乃し四衆の為に広くこの経を説くべし、如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心是なり、如来の衣とは柔和忍辱の心是なり、如来の座とは一切法空是なり」と。

 時に私がごとき愚禿(ぐとく)そのみすぼらしい凡夫の身に、南無妙法蓮華経のお題目を唱える事によって柔和忍辱の衣装を着せて頂くことがあります。その衣は、あたかも磁石が鉄を吸うかのように、みすぼらしいこの身から、心の垢を吸い取って清らかにしてくれます。ごくごく自然のうちに、そんな気分にさせて頂ける瞬間こそは、仏道修行をする者の冥利であり、歓びでもあります。それは多くの場合、困難に出会った時であり、口惜しさに歯ぎしりをして涙するときであり、何よりも、それらの苦悩をやっとこさ一つ乗り越えた時であったりします。しかし、そんな姿ほど、まぶしくて、どうしようもないくらい、人間らしさが感じられたりするのですから、やはり法華経は妙法なのでありましょうか。

 

桜散る 春風強き 時なれど 霊山一会 厳然未散

 

『じゅらんCO』

http://jurancop21.net/

コメント: 0 (ディスカッションは終了しました。)
    まだコメントはありません。

南無妙法蓮華経

立正安国、世界平和

脱原発を祈ります。

 

〠483-8239

愛知県江南市木賀本郷町西152

電話:0587-55-2404